◎竹久夢二part2
本当に毎日寒くて、朝布団から出るのが嫌になりますね…:;(∩´﹏`∩);:
これからもっと冷え込むと、路面凍結などで事故の危険性が高くなってしまうと思うので、
車の運転は皆さん充分にお気を付けください…(>_<)
話は変わりますが、先日、作家さんの生涯について少しでも知っていると、美術館で楽しく作品をご覧になれるという事で、
竹久夢二の生涯について書かせていただきました。
前回は、「夢二式美人画」の誕生について書かせていただきましたが、今回はその後の夢二について書かせていただきたいと思います<(_ _)>
「夢二式美人画」を誕生させた夢二は、その後大正3年1914年10月、東京で「港屋絵草紙店」という雑貨店を開店。
夢二がオーナーで、妻の他万喜が切り盛りしていたそう
夢二自身がデザインした、半襟やポチ袋、絵ハガキや風呂敷など、様々な種類の雑貨を販売していたみたいですよ。
夢二のデザインはとってもセンスが良く、当時の女性たちの心を一瞬でつかんでしまったそう。
なので、お洒落で人気の高い小物等は、すぐ品切れに。
補充をしてもしても追いつかないほど大繁盛だったみたいですね✿❀
今でも、当館の売店で、竹久夢二のグッズを可愛い可愛いと、沢山のお客様が購入してくださり、
人気が衰えるばかりか、上昇し続けています
ただ、そんな人気を博していた港屋絵葉書店は、
大正5年1916年に、笠井彦乃という新たな女性と、夢二、岸他万喜の三角関係によって
閉店することになってしまうのです…(´;ω;`)
閉店間近にはもう、夢二が港屋に足を運ばず、品薄になってしまい、当時夢二の友人が、代作を作って港屋で販売していたという話も
あるそうです…
なんだかハラハラする展開になってきましたね…(;゚Д゚)
と、今回はここまで(/・ω・)/
夢二が「港屋絵葉書店」のオーナーだったという事、ぜひ皆さん覚えておいてください✿
続きは、また書かせていただきます
皆さんも竹久夢二について色々調べてみるとおもしろいですよ!!(*´ω`*)
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